今日は火曜日だから。いつもよりお客さんが少ない。
やっぱり一番集中するのは、木曜日と金曜日、たまに土日も混雑したりする。
月曜日とか火曜日っていうのは、週の始まりだからなかなか飲みに行こうとする人がいないのかもしれない。
それに、私のお店は水曜日が定休日となっている。
二人体制だから、どちらかが倒れてしまった時は、お店をお休みするかいつもより早く切り上げるしかない。
そうならないよう、体調管理には力を入れるようにしている。
私は早めに出勤して、早速今日の準備を始めて行く。
今日は予約している人が2グループだから、余裕がある。
コース料理とかを設けていないから、その分手間が省ける。
「さき、いつもより早いですね!
今日はそんなに忙しくないですよ?」
「うん、だけど何かあったら困っちゃうからさ。
明日休みだから、明日の夜に飲みに行こうか!」
「おっ、それはいいですね!
私、実は行きたい居酒屋があるんです!」
「それなら、ハルの行きたい居酒屋にいこっか!」
私達は飲みに行く約束をして、今日の仕事を頑張ることにした。
自分が小さいときや高校生の頃は、金曜日に飲み会を楽しみにして仕事をしている大人がバカバカしく見えたし、そんなことでしか頑張れないのかとも思った。
だけど、自分が大人になることで色々なことが見えてきて、感じることによって考え方も変わってきた。
今では、私もすっかりそんな大人の仲間になってしまっている。
いやぁ、歳をとるって怖いよね・・・。
このままじゃ、あっという間におばさんだ・・・!
午後17時になって、お店を開店させて私たちは調理器具を準備した。
予約客は18時からの予約となっているから、まだあと1時間ある。
「さき、デザートについてですが、こちらも新メニュー考えませんか?
やっぱり、アイスクリームとゼリーだけじゃ物足りないと思うんです」
「そう、それ私も悩んでたところなんだよね!
それでさ、マシュマロを少しあぶってさくさくパンダで挟むのはどうかな?
一口サイズだし、見た目も可愛いと思うんだけど・・・」
「なるほど・・・私はフルーツサンドがいいと思いました。
パンをクマの形とかにして、中にカスタードとフルーツを入れたり」
「それもいいね!
それならさ、今の二つをセットにしようよ。
フルーツサンドのそばにマシュマロとか少し飾りを付けてさ!」
私がそう言うと、ハルがいいですね!といって賛成してくれた。
どちらかというと主食かもしれないけれど、これはこれでアリだと思う。
パンケーキだと、さすがにコストがかかってしまうから。
二人で、どんなふうに盛り付けをするのか相談していると、お客さんがやってきた。
時計を確認すると、あっという間に18時を回っていた。
私達はいらっしゃいませ!と元気よく言って、早速座席へと案内した。
今更だけど、このお店には個室が無いから他のお客さんの顔が見えるし、会話も聞こえてきてしまう。
しかし、今までそれで苦情が来た事は無い。
「いかせんチーズ焼きとたこせん、それから・・・焼きそばで!
あ、そうだ、砂糖のあげぱんもお願いします!」
「私はカレーとソフトメン、あとナポリタンも下さい!
デザートは、メロンボールがいいかな~」
色々なオーダーを確認して、早速調理していく。
忙しくなってきた・・・!
私は腕によりをかけて料理を手際よく作っていく。
あの頃は、フライパンを持ち上げて勢いよく振るいあげることが出来なかったけど、今ではすっかり板についてきている。
すぐに出せる料理はハルに担当してもらって、私がメイン料理を作っていく。
そして、続くようにもう一組のグループがやってきた。
ハルが席まで案内をして、オーダーを取っている。
皆仕事帰りで、さぞかしお腹を空かせているだろう。
だからこそ、美味しい料理を提供してあげたいと思うんだろうな。
私は母親との関係が最悪だったからよくわからない、でも。
最初は、母親も私や兄、お父さんへ食事を作るたびそう思っていたのかな。
「お待たせいたしました!
ナポリタンと焼きそば、あげぱんでございます!」
ハルが私の作った料理を次々に運んでいく。
私の作った料理を知らない人がお金を払って食べてくれるのは、何だか変な感じがしてまだ慣れない。
純粋にお金を出して食べてもらえるのが嬉しいと感じる。
たまに食べきれなくて残してしまう人がいるのは少し残念だけど、そんなに嫌な気はしない。
少しでも食べてくれて嬉しいから。
それをハルに話したら、その気持ちは私にもわかりますよ、なんて笑って言われた。
なんでだろう、今まで何とも思っていなかったことが、こんなに大きなものに感じる。
自分がお客としてお店で食事をした時、結構残してしまう事があった。
今思い返すと、それは作った人を悲しませる行為だったのかもしれない。
「あれ、お宅もソフトメン?
しかも同じカレーじゃないっすかー!」
「これ、おいしいっすよね!
学校給食で一番好きだったんすよ~」
「私はやっぱり、あげぱんとシチューかなぁ!
それでさ、デザートがゼリーなの!」
「給食最後の日ってさ、絶対雪見だいふくだったよね!
あれの倍率かなりヤバかった!」
ふと気が付けば、全く面識が無いはずの予約した2つのグループの人達が、仲良く給食の話で盛り上がり始めていた。
中学校よりも小学校の給食の方が美味い!と熱く語っている。
それは私も同感だ。
中学よりも小学校の方が美味しかったような気がするし、魅力的なメニューが多かったような気もする。
それに、小学校は6年間給食が出されるから、なじみが深いし印象にも残るんじゃないかと個人的には思っているんだけど、みんなもそうなのかな?
最後に出されるデザートは、どこの学校もやっぱりアイスクリームみたい。
雪見だいふくも出たし、ホームランバー・シューアイス・冷凍ミカン・シャーベット。
このあたりがよく出ていたような気がする。
そして、毎回その争奪戦が熱く繰り広げられている。
「店長さんは何が好き~?」
「私は・・・ソフトメンのミートソースとあげぱんが好きですね。
何が一番好きかって聞かれたら、やっぱりビンの牛乳ですね!
パックの牛乳より、ビンの牛乳の方が冷たくて美味しいと思うんですよ」
「おっ、それ俺も全く同じこと思ってたんっすよ!!
やっぱり、牛乳はビンに限るよな~!」
「牛乳瓶の蓋をコンパスの針刺して開けたりさ、爪が無いと開かないんだよな!
俺の学校では、その蓋をお金に見たてて郵便屋さんやったりしてたっけ」
皆それぞれに思い出があって、自慢するかのように話している。
話して共感してもらえると嬉しいし、自分の学校だけだとわかって驚く人もいる。
郵便屋さんについては、恐らく彼の学校だけの行事だと思う。
ただ、コンパスの針を使ってふたを開けているのは、誰しもが一度くらいは試しているように思う。
私もしていたし、ハルも経験があると言っていた。
爪が無くて頑張って開けると上の紙だけはがれて失敗する時もある。
そんな失敗談を話したら、やっぱりみんなも経験しているとの事で、思わずみんなで笑ってしまった。
あの頃は早く大人になりたくて仕方がなかった。
だけど、今は子供に戻れたらいいな、なんてすごく自分勝手な事を考えている。
「高校生になった時、給食でなくてショックだった!
入学して3日くらいまでは、4時間目が終わって給食だ~とか思ってたし・・・」
「高校になると今度は購買に変わるけど、争奪戦は変わりないよね~。
でも、私は給食が恋しかったよ」
そうそう、私も高校に入学して翌日から二日連続でお弁当を忘れたことがある。
それは私だけじゃなかったんだ。
お客さん達と盛り上がりながら、私はしっかり手を動かして料理を作っていく。
ハルもきちんと料理を運びながら、話に参加している。
すると、新しいお客さんが一人でやってきた。
それは年配の男性で、スーツをしっかり身にまとった紳士的な人だった。
着こなしから、とてもしっかりした人なのだと分かる。
「一人でも入れますか?」
「はい、大丈夫ですよ。
では、こちらへどうぞ」
そう言って、ハルが席へと案内する。
2名で来ても大丈夫なように、ちゃんとそう言ったテーブルも用意しているから大丈夫。
男性は席に座り、早速カレーとたこせんを注文した。
私はカレーを温めて、たこせんを作り始めた。
向こうのお客さん達は、まだ給食の事で熱く語り続けている。
言われてみれば、給食談義なんてなかなかする機会ないもんね・・・。
それこそ、こういった場じゃないと話しにくいと言うか。
その時、男性がカウンターへやってきて、私の動きをまじまじ見ていた。
そうやって見られていると、何だかぎこちなくなってしまう。
「君が神楽さきさん?
もともとは不良少女で荒れていたけれど、通信制高校に通って変わったっていう」
「そのような噂が流れているんですか?」
「いや、実は私の娘が君と同じ全日制高校に通っていたんだよ。
娘から君の話をよく聞かされていたものでね。
通信制高校に通い始めてから、突然君が変化したと聞いたんだ」
そうか、彼は私と同級生の娘さんがいるんだ。
自分の知らないところで、自分の話をされるのは何だか変な感じがする。
嫌じゃないけど、恥ずかしいと言うか居たたまれないと言うか。
出来た料理をカウンターに置くと、彼がその場で一口食べてしまった。
この男性が注文した料理だから問題ないけど、座って食べた方がいいんじゃないのかな?
すると、ハルがこちらの方が落ち着いて食べられますよ、といって料理をテーブルへ。
さりげなく注意する当たりが、ハルらしい。
「神楽さん、もし良ければなんだが。
私が理事を務めている、通信制高校の特別講師として働く気は無いかい?
こちらのお店は水曜が定休日だから、水曜だけでも構わない、どうだね?」
いきなりのお誘いに私は、その場で固まってしまった。
彼が理事長を務めている通信制高校に、特別講師として私が働く?
どうしてハルではなく、私が選ばれたのか全く理解できなくて、返答に困ってしまった。
良い返事を期待しているよ、と言って彼は食事を始めてしまった・・・。