お店も繁盛しているし、人間関係もうまくいっているから、今の所これと言って困っていることが特にない。
新しいメニューも考え始めているし、3人でお店を運営するのも慣れてきたし。
順風満帆で少し怖いくらいだ。
何か新しいことを始めようとも思ったが、テレビや雑誌の取材の効果でお客さんがたくさん来てくれて、とても充実した日々を送っている。
やっぱりメディアの影響力って、すごいと改めて思った。
インターネットの宣伝だけではなかなか集客することが出来ない。
頼れるときには頼っておくのがいいのかもしれないな。
今日もたくさん予約が入っているけれど、慣れてきたからスムーズに接客することが出来ると思う。
開店は17時なんだけど、予約してくれる人は18時や19時が一番多くなっている。
17時に仕事が終わるところが多いのかもしれないし。もしかしたら18時終わりの会社も多くなっているのかもしれないな。
すると、一本の電話がかかってきて本村が電話に出た。
何だか真剣な声色で話している。
何かクレームとかなのかな?
「神楽、電話!
通信制高校の学園長からだ」
通信制高校からの電話って、もしかしてあの理事長からの電話だろうか。
そう思い、本村に確認するとまた別の学校の学園長からの連絡のようだ。
何だろう・・・また教員になって言うんじゃないよね?
講師を務めてくれって言われるのも嫌だな。
とりあえず、話を聞くだけ聞いてみるのも悪くない。
話を聞いてみると、やはり講師として来てほしいと言う話だった。
だから断ろうかと思ったが、数時間だけ話をしてくれればいいのだと言われた。
簡単に言ってしまえば、話を聞く会みたいなものだと言う。
それだったら引き受けても構わないかもしれない。
「分かりました、お引き受け致します」
『ありがとうございます。
詳しい日時と場所は、後ほどメールにてご連絡差し上げます』
「はい、ありがとうございます。
お待ちしております」
そういって、私は電話を切った。
数時間しか話さなくてもいいのならうまくこなせそうだ。
先日は大変だったけれど、こっちならそんなに緊張しなくても大丈夫。
その旨を、ハルと本村に伝えると、二人して喜んでいた。
何事も経験だと二人が言うから、私もやる気が出てきた。
確かに、何事も経験が大事だよね?
私が通信制高校に通っているとき、周囲と少しずつ打ち解けていくことで、ちょっとずつ新しい感情を身に付けることが出来たし、部活に誘われて仲間を作ることも出来た。
嫌々始めた部活だったはずなのに、いつの間にか楽しくなってきて、気が付けば自ら率先して試合の練習をしたりしていた。
皆と一致団結することで、誰かを信頼するという事を知り、協力すれば一人では出来ないコトも出来るようになるという事も知ったんだ。
「お店なら私達に任せて下さい!」
「そうだ、お前は伝えるべきことを次の世代に伝える役目がある。
隠すことなく、どんな人生を送ってきたのか話してやれ」
二人がそう言ってくれるから、とても心強い。
勇気は自分で奮い立たせることも出来るけど、友達や信頼している仲間から言われるとさらに勇気が奮い立ってくる。
頑張らなきゃって思える。
何を話せばいいのか、メモしておいた方が教壇に上がった時考えなくて済む。
私は、資格取得の勉強採集にメモを作っておくことにした。
資格受験までもう少しだから、ラストスパートかけて頑張っていかないと!
後日、私は通信制高校へと向かった。
何を話せばいいのかメモした紙をしっかり握りしめて、学校へやってきた。
お店が17時からだけどハルと本村がいてくれているから、安心して任せられる。
校門をくぐり、正面玄関で来館登録をして、そのまま教員室へと向かって歩いていく。
何人かの先生たちと会い、私はなるべく丁寧に挨拶をして通って行く。
「神楽さん、こちらです。
本日は来て下さりまして、誠にありがとうございます!」
「こちらこそ、お招きいただきまして、ありがとうございます。
本日は何卒宜しくお願い致します」
お互いに挨拶をして、今日の流れを確認する。
私が語る時間は、午後14時~15時半の1時間半となっている。
思ったよりも少し長く感じた。
大体1時間かなと考えていたから、変な感じがして落ち着かない。
私の前には別の人物が話しているらしい。
学園長の案内で体育館へ行くと、生徒たちが静かに男性の話を聞いていた。
どうやら、薬物中毒だった男性が話をして、薬物の恐ろしさを教えている。
やせ細っていて、眼光が鋭く薬物によって覇気が感じられなかった。
薬物は一度でも手を出してしまうと、簡単にはやめられなくなってしまう。
すぐにやめればいいと言って辞められるほど簡単なものじゃないんだ。
だからこそ、決して手を出してはいけない。
その男性は、薬物に手を出してしまったことで奥さんと離婚をして、親権まで取られてしまったのだと話す。
「薬物を断ち切るキッカケって何だったんですか?」
「僕の場合は、親を泣かせてしまったことかな・・・。
幻覚に悩まされて、母親に手を出してしまって。
それからもう本当にやめようって思ったんだ」
薬物を使ってしばらく使わなくなると、禁断症状が現れて幻覚が見えてしまったりする。
その幻覚は薬物を投与するまで消えることが無く、常に戦わなければいけない。
あの男性もさぞかし悩み苦しんできたことだろう。
始めたきっかけというのは、友達に誘われてからと答えた。
でも、そんなものを進めてくる人を本当に友達だって言えるのかな?
ダメなことはダメだときちんと注意することができるのも、友達だと思うんだよね。
私はあの男性の次に話すことになっている。
男性が話し終えると、生徒たちが拍手をした。
私は深呼吸をしてから、ステージの上へと向かい深々と挨拶をした。
「初めまして、神楽さきと申します。
今回は私の過ごしてきた日々について語りたいと思います」
そう言って、私は幼い頃からどんな環境で生きてきたのか細かく生徒たちに向かって話していく。
母親から常に兄と比較され虐げられ、傷つけられたという事も。
自分がいいことをしても、それが当たり前のようになってしまっていたこと。
そして、お父さんと母親の相性が悪く、いつも衝突していたこと。
離婚することになり、私が通信制高校へ通う事になったことも全て。
そこで新しい仲間を作り、少しずつ人間として必要なものを習得したことも。
「最初は嫌で嫌で仕方なくて、不良グループに入りました。
そこで私は万引きをしたり、他校の生徒とケンカをするのが日常となっていました。
だけど、そんなとき私を見てくれている女生徒がいたんです。
彼女は全日制高校に通っていましたが、いつも私と一緒に勉強してくれました。
次第に仲良くなっていき、現在では一緒にお店を開く仲間であり大親友になっています」
包み隠さず、伝えたい事を伝えることにした。
本当はこんなことを話してはいけないと思うけど、これが私の過ごしてきた日々だったから仕方がない。
私の居場所なんてどこにもなくて、勉強もしたくなくて、何もかもが本当に嫌になってしまった。
それが通信制高校に通ってから、少しずつマシになってきて今の私がいるんだ。
私が現在こうしていられるのも、きっとハルと本村がいてくれるからだと思う。
「神楽さんは、通信制高校をどう思っていますか?」
「最初は引きこもりとか不登校の人が行く場所なのかなって思っていました。
でも、近年では普通科の全日制よりも学べることが多いんじゃないかなって思います。
通信制高校には、その高校の良さがあるためすごく充実した学校生活が送れると思います」
通信制高校って、まだまだ良いイメージが世間に定着していない。
引きこもりや不登校の人多いんでしょ?なんて思っている人もいる。
私も最初はそうだったけれど、実際通ってみるとそんな事は無くて、みんな明るくて助かった。
私が思い出しながら話していると、学園長や生徒たちが夢中で聞き入ってくれていた。
不良としての生活はどうでしたか?という質問に対して、私はつまらないと苦笑いしながら言った。
毎日同じことの繰り返しで、何も楽しくなった。
学校へ行っても楽しくないし、それを話すとみんなが強く頷いた。
「皆さんも、通信制高校で新しい自分を見つけて、信頼できる仲間を見つけて大事にして下さいね」
私はそう言って、話をしめてしまった。
通信制高校に通っている人達は似たような目的で通っているから、色々な発見が出来るし、その人からしか聞けない話だってある。
全日制では味わえない通信制高校ライフを、通信制高校で味わいその心や身体を成長させてもらえればいいなと思っている。
皆、卒業資格を取得できるように頑張って突き進もう!