本村が働き始めてから、一週間が過ぎた頃。
少しずつ、本村の料理が安定してきている。
そして、味についてハルに相談してみたところ、実際に試して様子見してみるのはどうかと言われた。
確かにごたごた考えているよりも、実際に作ってやってみた方がいいと思う。
その方が早いから効率もいいよね?
という事で、今日から始めて行こうかなと考えている。
今日は予約しているお客さんが多いから、試す絶好のチャンスだと思う。
「お二人は仲がいいのですか?」
「仲がいいと言うよりも、昔対立しあっていた仲というか・・・。
今は同じ職場で働く仲間だけど」
「あの頃はお互い不良で、仲悪かったよな~!
今はそんな事も無くて、まぁ、仲いいんじゃないか?」
「んー、そうかも」
私達が曖昧に言うものだから、ハルはきょとんとしつつも笑った。
自分達の関係性について疑問符になってしまう。
仲がいいのかと聞かれるとそうでもなく、悪いのかと聞かれればそう言うわけでもない。
普通と言うのもなんだかおかしいし・・・。
でも、普通に話したりできるから、仲がいいと言えばいいのかもしれない。
早速、予約していたお客さんがやってきて、私達は大きな声でいらっしゃいませ!と言い、ハルが注文を取りに行く。
私も本村もよく大きな声を出しているから、こういう時困らない。
ただ、ハルは大きな声を出し慣れていないから、辛いかもしれない。
注文が入り、手際よく料理を始めていくが、本村の手つきが本当に手馴れたものだった。
お互いオーダーされたメニューを作り上げては、カウンターへと置いていく。
ホールもハルだけじゃなくて、もう一人増やした方がいいのかな?
増やすと言っても、すぐには出来ないし色々やる事とか考えることがある。
「焼きそば、お待たせいたしました!」
ハルが私達の作った焼きそばをお客さんへと出した。
メニューの見た目はさほど変わらないけど、味が違う。
お客さんがもぐもぐ食べ始めていく。
果たしてどんな反応を見せてくれるのだろうか?
お客さんが箸をとめることなく、そのまま食いつくかのように食べ進めていく。
テーブルの上に二つの焼きそばが置かれて、みんなお皿によそって食べている。
「あれ、この焼きそばなんか味が違う!」
「同じ焼きそばなのに、なんで?」
お客さん達が味の違いに気が付いた。
なかなかの好感触で、内心ドキドキしていた。
お客さんが私達の方を見て、何かを納得している様子。
作る人が変われば味も変わるという事が分かったのだろうか?
お客さん達は食べ比べるために、焼きそばを並々とよそって食べていた。
これで味付けまでわかってしまったらすごいと思う。
「誰がどっちを作ったのか当てられないけど、すごく美味しい!
同じメニューなのに、味が違うっておもしろいですね!」
「確かに、これはいいアイデアだと俺も思う!
他にもあるなら、そっちも食べて比べてみたいな!」
お客さん達には思っていたよりも好評で、安心した。
この調子で何か新しいシリーズを作る子世が出来ればいいのにな・・・。
すると、本村がメニューボードを見て確認している。
本村が目を付けたのは、ソフトメンを付けて食べるカレーだった。
このカレーも作る人によって変えてみたらいいんじゃないかと言われたけど、さすがにこっちは難しいかもしれない。
こっちはもともと作ってしまっている物だから、変えるのは難しい。
申し訳ないけれど、今回の案は却下することにさせてもらった。
今度新しく作るとき選べるようにすると言うのがいいかもしれない。
「そう言えば、新しい方が入ったんですね!」
「ええ、本村くんが入ったんですよ」
「本村です、よろしくお願いします!」
本村が元気よく挨拶をするから、お客さん達も笑っている。
新しい人が入ったことによく気が付いたなと思ったけど、このお店は私とハルしかいないから、わかって当たり前だった。
初めて来た人だと分からないと思うけれど、何度か来てくれているひとなら気が付いてくれるかもしれない。
そう言えば、新しく本村が入ってくれたから、ちょっとした歓迎会みたいなことしたいな。
お客さん達が本村を誘って、食べ始めている。
まぁ、まだ最初だし注意しなくてもいいか。
お客さんとコミュニケーションとるのも大事なことだからね。
しばらくは多めに見ることにしよう。
「随分賑やかじゃないか」
いきなり男性の声がして、私は入口の方を見た。
そこに立っていたのは・・・通信制高校の理事長だった。
どうしてここに理事長が?
何が何だかわからなくて、私はその場で固まってしまった。
あの時以来だから、何て言ったらいいのか分からない。
一方的に辞めてしまったから、会わせる顔が無いと言うかなんというか・・・。
だから、通信制高校の付近をうろつくのも避けていた。
それなのに、わざわざ理事長の方から来てしまうなんて・・・なんて言ったらいいんだろう。
私が黙り込んでしまっていると、理事長が笑みを浮かべた。
・・・・・?
「神楽さん、折り入って話があるんだ。
もう一度、わが高校の教師になってくれないかい?
今度は講師ではなくて、ちゃんとした教員として来てもらいたいんだ」
「いえ、申し訳ございませんが・・・」
「他の教員も考え直して、君をぜひ迎え入れたいと言っている。
この間の出来事は、後日向こうの保護者から謝罪された。
君のような教師が我が学校には必要なんだよ」
理事長がここへやってきたのは、私を教師として雇いたいから。
私はあの日一方的に辞めてしまったし、迷惑もかけてしまった。
だから、もうやめた方がいいと思う。
正直、もう関わりたくないという気持ちもあるんだよね。
一度あんな眼で周囲から見られてしまった以上、あの環境では過ごせない。
嫌と言うよりも、ストレスを溜めるようなことはしたくない。
ハルと本村が私を見ている。
お店の事もあるし、今はこっちだけで手一杯だし、資格を取るために勉強しているからこれ以上の時間を取ることは出来ない。
「申し訳ございませんが、お断りさせていただきます。
今はお店の事や資格取得の勉強で時間が足りないくらいなんです。
有難いお話ですが、ごめんなさい」
「・・・どうしても駄目かい?」
「・・・」
教員になりたいと思ったことが無いから、この話には興味が湧かない。
以前は講師として、という事だったから気楽に適度に頑張れば何とかなっていたし、クラスのみんなと親しくなれて嬉しくて楽しかった。
だけど、教師となると話が変わってくると思う。
教師として立場をわきまえる必要があるし、普段出来ることが教員になることで出来なくなってしまう事も考えられる。
今は本当に忙しいけれど、恐らく時間があったとしても断っていたと思う。
もとから教員になりたいと考えている人に対して、すごく失礼だと思うから。
教員に対して興味もない人間が教員になってしまう、それは良くないし長続きしない。
それに毎日通勤しなければいけないし、副業が禁止されているからお店の方が運営できなくて困ってしまう。
「わかった、君の気持ちを優先しよう。
すまないね、急に伺ってこんなことを言ってしまって」
「いえ・・・こちらこそ、申し訳ございません」
私は深々と頭を下げて、丁寧に謝った。
すると、理事長は優しく笑いながらカウンター席へ座る。
さて、何を食べようかな?と言いながらメニュー表を見ている。
あ、何か食べてから帰ってくれるんだ・・・嬉しいな。
理事長が食べたいメニューを私に伝えてくるからメモをして、料理を始めた。
実は、本村の物覚えが良く今ではほとんどのメニューが作れるようになっている。
たまには失敗することもあるけど、結構優秀な人物なんだと思う。
私は物覚えがいい方ではないから、本当にうらやましい。
出来上がった料理を理事長へと出して、理事長が食べ始めていく。
相変わらずいい食べっぷりで、見ているこっちが気持ちいいくらいだ。
「神楽、お前教員にはならないのか?」
「うん、私はお店の運営して資格を取得したいから。
それに、教員に興味の無い私が簡単に教員になったら、なりたい人に失礼でしょ?」
「俺だったら、何とかこじつけて教員になるけどな~。
給料もいいだろうし、他の連中と仲良くなれるならいいじゃないか」
「給料がいいだけじゃ仕方ないんだよね。
それに教師って、副業することが出来ないからお店運営できないじゃない。
私はもともとお店を開店させたくて始めたんだから」
そう、最初に始めたいと思ったことを一番に優先したい。
後から気が変わりました、なんて他のことを始めるなんて私はしたくない。
自分で始めたことだから、しっかり責任を持ちながら運営していきたい。
中途半端は良くないし、自分らしさを出せない環境だったら、やっぱり考えてしまう。。
もう誰にも迷惑をかけたくないし、自分らしく過ごせない環境なんて息が詰まってしまう。
教員だからと言って自分の自由が縛られるのは嫌だ。
「ただ、真城さんも橋本さんも君が戻ってくるのを待っているんだ。
あの二人の関係は、君とハルさんに似ていないか?」
理事長が過去の話をして、私たちは盛り上がっていた。
通信制高校に通いつつも、いつもハルと一緒に過ごしていたあの日々を。
そんな話を聞いていた本村やお客さん達が、理事長の話に釘づけだった。
そんなに大した話ではないんだけど、盛り上がっている。
昔の事をはなされて、私とハルは少し恥ずかしくなった。
だけど、こんなふうに昔の事を話して懐かしいと思えるのがすごい。
明日があると言うのは決して当たり前のことではない。
だからこそ、少しずつ思い出を作っていくことが大事なのかもしれない。
いつか自分が大人になってから、笑い話に変えることが出来ると言うのが嬉しい。
過去を振り返ることの出来る日があると言うのが、どれだけ嬉しくて特別なことなのか。
この日はお店が閉まるまで、みんなと一緒に楽しく盛り上がってからお店を閉めることにした。
こうして笑いあっていることも、いつかは私の大切な思い出になるのかな?