今日は通信制高校へ出勤する日だった。
いつも通りに出勤すると、何だか騒がしくなっていて私は恐る恐る教員室へと入った。
一体何を騒いでいるんだろう・・・何かあったのかな?
すると、教員たちが私を見て黙ってしまった。
え・・・もしかして私が原因なの?
皆して私を変な目で見ている。
誰も口を開きたがらないけれど、何か言いたそうな表情をしている。
その時、ある教員が口を開いた。
「神楽さん、女子生徒に暴力をふるったって本当ですか?
被害者生徒の親御さんから苦情が来ているんですが」
「暴力ではありません、注意をしただけです」
「この子、ケガさせられたんですよ?!
そんな人、さっさと辞めさせるべきでしょう!」
あっ・・・気が付けば、先日橋本さんに手を出していたあの女子生徒が来ている。
それも母親と一緒に。
余程頭に来たのか、わざわざ学校まで押しかけて来たのか・・・。
これはまずいことになったな・・・。
ケガをさせられたって、私もナイフで頬切られているんだけど。
私はため息をつくしかなかった。
この状況の中、いくら私が言い訳をしたって無駄な気がする。
だって、みんな私の方が悪いと思っている眼をしているのが分かるから。
「神楽さん、あなた講師としての自覚が足りなさすぎませんか?
ちょっと考えれば分かる事ですよね」
「生徒に手を出すなんて、講師として最低ですよ。
口で言えばわかることではありませんか」
ほらね・・・やっぱり私の方が悪いってなる。
せっかくうまくやって行けると思ったのに、これほどに信用されていなかったとは。
もちろん、正式な教師ではないからよく思われていないことくらい予想はしていた。
でも、実際敵意を向けられるとなかなかのものだ。
講師といっても、口で言って分からないからそうしたのに。
もっと言えば、あのままでは私までやられていた。
やり方が間違っていたと言うのなら、どのように対処すべきだったのか教えてほしかった。
もう少ししたら、クラスのみんなとも仲良くなれると思っていたのにな・・・。
そうか・・・やっぱり私には無理だったんだな。
「私は間違ったことをしたとは思っていませんので、謝罪は致しません。
この学校を辞めてほしいと言うのであれば、本日付で辞めましょう。
短い間でしたが、お世話になりました」
「何よ、その態度!
ちゃんとうちの子に謝りなさいよ!!」
「それなら私も言わせていただきます。
私は口頭で注意しましたが、それを無視して先に手を出してきたのはそちらですよ。
私、彼女にナイフで頬を切りつけられたんですが、治療代は出していただけるんですか?
何だったら、傷害で警察に被害届を出しても構いませんけど?」
「・・・・ッ!!」
私が冷酷に言い放つと、相手の親が黙り込んだ。
先に手を出したのは私じゃないし、刃物で襲ってきたのもそっち。
私は何も使っていないし、急所だって外しながら攻撃していた。
周囲から見ればお互い様かもしれないけれど、私は謝る気なんかない。
私は自席へ戻り、そのまま荷物をまとめて行く。
もう今度からここへは来ないから、片付けていかないと。
その時、教員室に理事長が入ってきた。
今まで騒々しかった教員室は一気に静寂へと包まれた。
理事長の後ろには、橋本さんが立っていた。
「話は橋本さんから伺ったよ。
神楽さんのしたことは正しいことではないが、そちらにも非がある。
お互いきちんと謝罪をして解決しましょう」
「どうしてうちの子が謝るの?!」
「神楽さんは橋本さんを守るために、そちらに手を出したんだ。
元はと言えば、口頭注意した時に納得すれば良かったんですよ。
金輪際、橋本さんに手を出さないでもらいましょうか」
理事長は物腰柔らかく言っているようだが、声のトーンは怖かった。
怒っているのがトーンで分かる。
謝る気なんかないが、謝らないと理事長が怒るだろうな・・・。
一応形だけ謝っておいた方がいいかもしれない。
向こうも納得いかないようで、謝る気配がない。
だが、ここで謝らなかったら大人として良くないことは分かる。
それに、ハルが居たらきっと謝った方がいいですよ、と言うはず。
私は姿勢を正して、形だけでも謝ることにした。
「申し訳ございませんでした」
私は文句を言われぬよう、礼儀正しく深々と頭を下げて謝った。
これなら文句はないだろうと思って。
すると、理事長が満足そうに笑った。
しかし、向こうは一切謝ろうとしないものだから、理事長が無言の冷酷な眼をした。
そうすると、向こうも申し訳ありませんと渋々謝った。
そして、私は自席へと戻り荷物まとめの続きをした。
荷物をまとめると言っても、そんなにものが多いわけではないから、大変じゃない。
と言うよりも、今日持って帰れそうな気がする。
「神楽さん、何をしているんだい?」
「え、私は本日付で辞めさせていただくことになりましたので。
今は荷物をまとめている最中です」
「私は辞めなさいとは言っていないが?」
理事長が首を傾げている。
こういう時って責任を取らなければいけないから、辞めるべきだと思う。
それに、一度悪い印象がついてしまえば、なかなか印象を変えてもらえることが出来ないことを、私は知っている。
私が不良だったころ、周囲からは冷たい眼で見られて嫌だった。
悪のレッテルを貼られて、なかなか大変だった。
そして、現在もまた似たような状況になってしまっている。
こうなってしまったら、どうしようもない。
「いえ、本日付で辞めさせて下さい。
またご迷惑をおかけしてしまいますし、やっぱり私には向いていなかったんです。
せっかくお誘い頂きましたのに、申し訳ございません」
私には向いていない、それが分かっただけでも良しとしよう。
今はいいかもしれないが、私はきっとまた迷惑をかけてしまう。
だって、またあんなことがあれば私は同じことをしてしまうから。
同じことで迷惑をかけるわけにはいかないから、ここで身を引いた方が絶対に良い。
それに、私はお店を切り盛りしなければならないし、むしろそっちを一生懸命やらなければいけない。
ハルに押し付けるのも良くないし、一緒にやって行かないと意味がない。
私が言いきったからなのか、理事長はいい表情をしなかった。
周囲も驚愕しているのか、何も言わないまま。
「私は君に辞めてもらいたくないんだ。
君は橋本さんを不良グループから抜けさせるためにあんなことをした。
守ってくれたのに、なぜ君が辞める必要がある?
迷惑ならかけてもい・・・」
「本当に申し訳ございません。
一度決めたことを変えるつもりはありませんので。
ご期待に添えることが出来ずに、まことに申し訳ございません」
そう深々と頭を下げて、私は荷物を抱えた。
よし、早速帰って新しく考えたメニューを作ってみようかな?
そう考えるとわくわくしてきた。
お店が終わってからメニューを考えながら作るのは、結構大変なことだ。
時間が無くなってしまうし、自分の時間を持つことも難しくなってしまう。
これはこれでちょうど良かったのかもしれない。
理事長の期待には応えられなかったけれど、少しだけなら役に立てたんじゃないのかな。
坂牧先生にもお世話になったし、何か渡してあげたかった。
「坂牧先生、短い間でしたが今までありがとうございました。
私なりに色々修得したつもりでしたが、やっぱりまだまだ未熟です。
お体にお気をつけて下さいね」
「神楽さん・・・」
「どうして神楽センセが辞めるんだよッ!!
そんなのおかしいだろうが!」
橋本さんが怒りながら私に訴えかけてくる。
辞めなくてもいいよって理事長は言ってくれているけれど、周囲はそう思っていないと思う。
私はいない方がいいと思うんだよね。
もしかしたら、私が居なくなって清々している人もいるかもしれない。
とにかく、私も一度口にしたことは守らなきゃいけないって思っているから譲れない。
私は深々と挨拶をして、そのまま教員室を出た。
今まで短い間だったけれど、私なりに少し成長することが出来たんじゃないかと思うんだ。
初めて教壇に立ち話し伝えることで、私も成長しているのだと知った。
あの頃は私が椅子に座って話を聞いていたのに、それがいつの間にか逆の立場になって・・・何だか不思議な感じがした。
「神楽先生、待って!
どうして辞めちゃうんですかっ」
「真城さん、ごめんね。
だけど、もう決めたことだから。
私が居なくても、真城さんならやって行けるから大丈夫だよ」
そう言うと、真城さんが泣きそうな表情をした。
そんな表情をさせたいわけではないのに・・・本当に申し訳なく思ってしまう。
私は挨拶をして、そのまま学校を後にした。
今まで色々な経験が出来て良かったな。
めったに出来る経験ではないから、逆に良かったと思う。
ただ、理事長に迷惑をかけてしまったことだけが悔やまれる。
そのまま歩いていると、ハルと出会った。
「ハル・・・」
「何も言わなくていいです。
私はさきのしたこと、間違いだと思っていませんから」
ハルが優しく言ってくれるから、思わず涙がこぼれた。
本当だったらもっと続けてみたかったし、たくさんの生徒たちと仲良くしたかった。
でも、今はハルが私の事を理解してくれているから、それだけで十分だ。
ハルが私の手を取って歩き出す。
その手は温かくて、私を導いてくれるような感じがした。