不良の橋本さん、やっぱり授業にはきちんと出ている。
通信制高校に通っているという事は、やっぱり卒業資格を取得したいという事なんだろうな。
だから、嫌々ながらも授業に出ているんじゃないのかな?
74単位を履修しなければ、卒業することが出来ないからね。
それに、この通信制高校は単位制となっているから留年が無く、足りなかった分の単位だけを修得しなおせばいいだけ。
だから通いやすくなっていると思う。
坂牧先生の手伝いで、生徒たちのレポート添削をすることもあるけど、橋本さんはよく理解できていないのか罰が多く書かれてあった。
レポートを提出していても、問題が解けていないようでは意味がない。
しっかり教えてあげなければ、あのまま彼女の学習は止まってしまう。
「やめて下さいっ!!」
私が仕事を終えて歩いていると、ある女子生徒を見かけた。
あの子は確か・・・それは私が担当しているクラスの女の子だった。
よく見ると、男子生徒や女子生徒からいじめられている。
手を踏まれたり、カバンの中身をばらまかれたり。
いい歳をして、まだいじめなんかやっているのか・・・こんな人間しかいなくなったら人類はもう絶望的だとしか思えない。
このまま見過ごすわけにもいかなくて、私は急いで向かった。
「何している!!」
私が大声で怒鳴ると、連中は慌てて逃げるように走り去った。
全く・・・何をしているのか分かっているのだろうか。
いじめられていた女の子はケガをしていて、私はその場で手当てを始めた。
このまま帰らせるわけにはいかないから。
そっと痛くないように手当てをしていくと、女の子が泣き出してしまった。
もしかして、私の手当てが痛かったのかな?
「ごめんなさい、痛かった?」
「・・・いいえ、違うんです!
初めて助けてもらったから・・・嬉しくて」
女の子は泣きながら言う。
初めて助けてもらったって・・・今までみんなに見て見ぬふりをされてきたの?
さっきだって見ている人があんなにもいたと言うのに?
自分に関係ないことは、みんな関わらないようにしているんだ。
世間は冷たいと良く言うけれど、それは本当なのかもしれない。
よく見ると、腕や体のあちこちに紫色の痛々しい痕が残っている。
それもいじめられて傷つけられたのかな・・・。
「ねぇ、もしかしていつもあの連中にいじめられているの?」
「・・・・うん」
彼女は涙をぬぐいながら答える。
どうしてやり返さないの?と言いそうになったが、中にはやり返すことのできない人もいるのだという事を思い出した。
自分の気持ちをはっきり言える人もいれば、なかなか言えない人もいる。
それと同じで、やり返せない人も中にはいるんだ。
怖いからとか、倍にされて返されてしまうからという恐怖感が強いのかもしれない。
「お母さんには?」
「・・・ううん、心配かけたくない、から・・」
そうか、お母さんにも話していないんだ・・・。
そうだよね・・・お母さんに言うのは怖いよね。
私も過去にいじめられたことがあるから、気持ちがよくわかる。
なかなか言えないんだよね、心配させたくないし情けなくなってしまうから。
しばらく二人で話してから、私達は別れることにした。
大丈夫かな・・・あの痕じゃごまかしきれないと思うんだけど・・・。
そして、あれから一週間後。
三者面談が始まり、私も坂牧先生の隣に座って一緒に参加することになった。
特に何かをするわけではなくて、一緒に居て話を聞いているだけ。
今後私もやる機会があるかもしれないと言われて、参加することになったが恐らくそれはないと思う。
私は教員免許を持っていないから、任される事は無いだろう。
順番に面談を行なっていき、進路や学習状態について保護者に話していく。
詳しい話を聞いて、学習スタイルを考えていく必要があるため、しっかり話を聞く。
進学したいと考えている人が多くて、私は少しだけびっくりしてしまった。
進学する生徒は、私の時まだ少なくて目立っていたから。
私も進学したくて勉強を頑張ってきたけれど、何だか不思議な感じ。
勉強が苦手だと言う生徒もいるけれど、将来の為に頑張っている。
「お次の方、お入りください」
そう坂牧先生が言うと、ドアを開けてある女子生徒が入ってきた。
その女の子は、この間連中にいじめられている女の子だった。
お母さんはまだ若々しくて綺麗な人だった。
真城さんというのか。
真城さん達が席に腰かけて、坂牧先生が話し始めた。
進学や成績表について。
真城さんは精製優秀で、申し分ない感じだった、
他の生徒にはアドバイスしたいことが多くあったが、真城さんに関しては特に何もなかった。
すると、坂牧先生が彼女の体にある痣に気が付いた。
「真城さん、以前からその痣あるけれどどうしたの?」
「いえ・・・転んだりしてちょっと・・」
「この子、何も言わないんですよ!
どうしたらそんなに怪我するっていうのよ!
どうして何も話してくれないの?!もう疲れたわ・・・!」
「・・・」
真城さんの母親が感情のままに言う。
だから真城さんが俯いて黙り込んでしまった。
この母親は何も理解していない。
どうして母親には何も言えないのか、それは好きだからなんだよ。
嫌われたくない、情けないと思われたくないから。
こんな一方的に責めてしまっては、彼女が何も言えなくなってしまう。
もう疲れたって・・・確かに何も言わない真城さんにも非があるけれど、母親にも非があると思う。
全く理解してあげようと言う気持ちが感じられない。
「真城さん、話してくれる?
どうしてそんなに痣があるの?」
「もういいんですよ、言いたくないならどうでもいい。
ほら、帰るわよ」
「ちょっと待ってください!」
気が付けば、大声でそう言って帰るのをとめている自分がいた。
何か今の言い方、気に入らない。
真城さんが驚きながら、私を見ている。
坂牧先生も驚愕しながら私を見ている。
私はその場で席を立ち、真っ直ぐに真城さん達を見た。
深呼吸をしてから、私は再び口を開いた。
「そんな言い方はないのではありませんか?
確かに、何も話さない真城さんにも非があるかもしれません。
しかし、なぜあなたに話せないのか少しでも考えたことがありますか?」
「何なんですか、あなた?
あなた教師でもないくせに」
「今は私の話なんかしてないんだよ。
彼女が言えなかったのは、自分がいじめられていると知ったらお母さんが悲しんでしまうと思ったからなんだよ。
いじめられるような自分は、お母さんにとって情けないんじゃないかとか、嫌われてしまうんじゃないかとかって独りで悩んで考えてしまって。
一番怖いのは、自分の好きな人に嫌われてしまう事なんですよ。
あなたにその気持ちが理解できますか?」
そう、今は私の話なんかしていない。
私の悪口ならいつだって聞いてやる、今じゃなくたって。
私は真城さんについて話しているんだから、素直に聞いてほしい。
かつて私も幼い頃にいじめられて、親に言えなかった。
もし、自分の子供がいじめられていることを知ったら、悲しむんじゃないかなって考えてしまって。
いじめられるような自分は、お母さんたちにとって情けない存在なんじゃないかって思ってた。
嫌われることが怖くて、ずっと言えずに隠していた。
すると、真城さんが泣き始めてしまった。
「・・・・そうなの?」
母親がそう訊ねると、真城さんはこくんと小さく頷いた。
やっぱりそうだったんだ。
真城さんは私よりも優しいと思うから、ずっと悩んでしまっていたんじゃないのかな。
他人にとっては小さなことでも、真城さんにとっては小さなことではないんだ。
それは私だって同じ事なんだ。
もしかしたら、いじめられていたから通信制高校へ通っているのかもしれない。
だって、こんなに成績がいいなら普通に通えているはずだもん。
勉学以外に何か事情があるとすれば、いじめが原因なのかもしれない。
「・・・ごめんね」
母親が謝り、真城さんの体を抱きしめる。
和解できたみたいでよかった・・・あのままだったらずっとすれ違ったままだったから。
私は、坂牧先生と一緒に二人の様子を見守った。
坂牧先生が私の肩をポンと優しく叩いてきた。
言い方が悪かったような気もするけど、結果的には良かったのかな・・・。
すると、母親が私を見てきた。
なんだ・・・まだ私に何か文句でもあるんだろうか?
「神楽先生、ひどいことを言ってごめんなさい・・・。
大切なことを教えて下さって、ありがとうございます」
「い、いえ・・・こちらこそ、出過ぎた真似をしてしまって、申し訳ございませんでした」
私もその場で深々頭を下げて謝罪した。
まさか謝られるなんて思っていなかったから、びっくりしてしまった。
だけど、これで真城さんが少しずつ変わって行けるんじゃないかな?
母親に気持ちを理解してもらえて、色々なことが変わってくるかもしれない。
二人を見送り、教室には私と坂牧先生が残った。
「神楽先生は、結構熱い先生だったんですね?
生徒の事をよく理解して考えている証拠ですね」
坂牧先生が笑いながら言うものだから、急に恥ずかしくなってしまった。
ああいう状況になってしまうと、感情がコントロールできなくなってしまう。
放っておけなくて、ついつい口出ししてしまう。
今回は良かったけれど、次回からは気を付けて行かないとまずいな・・・。
私が苦笑していると、坂牧先生が再び私の肩をポンポンと叩いた。