あれから何度かイメージトレーニングをして、緊張しないように気持ちを落ち着かせていた。
もちろん、きちんとお店を運営しながら練習をしている。
私を見てハルが笑っているのが気になったけれど、馬鹿にされていない事だけはわかる。
きっと私の事をまた見守ってくれているんじゃないかなって思うんだ。
ハルが応援してくれるから、私も頑張らなくちゃって思う。
そして、今日は水曜日。
一週間が経つのって、本当に早くてあっという間だと思う。
今までは長く感じていたのにね。
時間の流れって本当に不思議だなって思う。
私は高校へと向かい、その途中である不良グループを見た。
どうして、高校生って不良になりたがるんだろう。
私は完璧な不良になれなかったから、そう思うのかな?
「さっさと自転車よこせばいいんだよ!!」
「私の自転車返して下さいっ!!」
「うるせーんだよッ!!」
そう言って不良たちが女の子を蹴飛ばし、自転車を無理矢理奪った。
その自転車はまだ新しくて綺麗なものだった。
だから、連中が目を付けたのかもしれない。
強引に自転車を奪ってしまうのは良くない。
しかも、自分達好みにカスタムしようとしているし、それは許せない。
気が付けば、私の足が連中の方へと動き出していた。
見て見ぬふりなんて、私には出来ないよ。
「こら、自転車を返しなさい!!」
私は大声で怒鳴った。
皆に聞こえるよう大きな声を出して言ったものだから、通り過ぎの人達も見ていた。
不良連中は私を睨み付けて、楽しそうに嘲笑っている。
何かそんなに楽しいのか、私には理解できそうもない。
私の声が聞こえているはずなのに、無視しているのか自転車をいじっている。
女の子はその場で泣きそうになっている。
このままでは、彼女が泣いてしまう。
連中が彼女の自転車で去ろうとする。
何勝手に奪い去ろうとしているわけ?
頭にきた私は、近くに落ちていた大きめの石を手にした。
そして思い切り自転車の前輪をめがけて石を投げた。
その石は前輪に引っ掛かり、乗っていた二人の不良が勢いよく地面へ叩き付けられた。
ケガをしているかもしれないが、きっと擦り傷程度だから問題ない。
「何すんだよッ、この馬鹿女!!」
「馬鹿はそっちじゃないか。
彼女の自転車なんだから、ちゃんと返しなよ。
まぁ、自転車を新品の値段で買ってくれるなら話は別だけど?」
「何だよ、急に出てきて偉そうに!!」
「少なくとも、君たちよりは私の方が偉いよ?
こんなことして、レベルが低いとか思わない訳?」
私は言いたいことを包み隠さず言い放った。
人のものを奪ってはいけない。
借りるならまだしも、嫌がっている本人のものを勝手に奪うなんてダメだ。
買い取ってもらえるならまだマシかもしれないが。
あの頃の私も馬鹿だったけど、今は多くの事を学んできたから少なくとも、この連中より馬鹿ではない。
レベルが低すぎて呆れてしまう。
もっとマシなことをすればいいのに、どうしてこう下らないことをするかな・・・。
連中が余程頭に来たのか、私を取り囲み私の逃げ場をなくした。
この感じ、久々だけどよく覚えている。
頭でも覚えているし、体でもしっかり覚えている。
だからまったく動じなかった。
「ボコボコにしてやるからな!あっははは!」
「やれるものならやってみろよ。
ただし、私一切手加減してやらないから」
「強がってんじゃねーよッ!!」
相手がいくら怒鳴ったって怖くもなんともない。
攻撃をされても何もびくともしない。
護身術を習っていたこともあって、かわし方もしっかりしている。
だからなのかもしれない、連中が私をさらによく思わなかったのは。
しまいには、カッターナイフを取り出してきた。
もはやそれは犯罪の域に達しているような気がする。
覚悟しろ!とか言っているけれど、覚悟するのは自分たちの方だと私は思う。
これだけ目撃者がいるのだから、無理なのは私じゃない。
カッターナイフって刃がそんなに鋭くないから、ケガをしても大事には至らないと思う。
さすがに首を切るのはまずいと思うけどね・・・。
ささっとかわして、私はカッターナイフを持っている手を掴み、思い切り自分の足をあげて叩き付け、カッターナイフを手放すようにした。
相手は腕を痛がって、手放した方の腕をさすっていた。
「お前、何者なんだよ!?
ただの一般人じゃねーだろ?!」
「私は・・・一般人だよ。
さて、自転車を返してもらおうか」
「っだよ、返せばいいんだろ!!」
そう言って自転車を放り出して、走って連中は去ってしまった。
最初から素直に返せばいいものを、こんな形になってしまなんて。
私は自転車をそっと持ち上げて、きれいに立て直した。
よかった・・・どこも傷ついてないから、無事だと言えそう。
泣きそうになっている女の子の元へと自転車を押して運んでいく。
その女の子は私に気が付いて、立ち上がった。
私は、自転車を彼女にそっと返した。
「本当にありがとうございます!」
「いいえ、私は当たり前の事しかしていませんから。
自転車が無事戻ってきて、良かったですね」
私がそう言うと、彼女は嬉しそうに返事をした。
弱い者いじめはやっぱり良くないよね。
どうして人間は自分よりも弱い立場の人間をいじめるのだろうか?
無視する、という選択肢はないんだろうか。
その女の子と話して、私は高校へと向かった。
高校へ向かうと、すでに他の教員たちが授業の準備をしていた。
私は授業と言うよりも、ホームルームみたいな感じだから大した準備はしなくてもいい。
最初、私の机はいらないと言ったのだけれど、理事長が頼んでくれてしまった。
机があっても私は毎週水曜日だけだから、使わないと思うんだよね。
でも、せっかく用意してくれたから使っている。
使わないともったいないし、申し訳がないから。
だから、私の机の上はいつもきれいになっている。
特に置くものも少ないし、教科書なども使っていないからね。
そして、私は教室へと向かった。
「おはようございます!」
「おはよう、神楽先生!
今日からだけど、何を教えてくれるの?」
「授業は出来ないけれど、為になる話でもしようかと思っています」
「為になる話?」
そう、聞いてよかったなと思えるような話をしようかと思っている。
もしかしたら、あんまり役に立たないかもしれないけど、話すことで少し何かが変わっていくのではないかと私は考えている。
その旨を生徒の前で話すと、気を遣ってくれたりした。
ふとその時、何者かの気配を感じた。
何・・・今の殺気みたいな視線は・・・。
よく確認してみると、その視線の人物は、先程あの自転車を奪おうとしていた連中の中にいた人物だった。
まさか、この学校の生徒だと思わなかった。
こんな再会の仕方したくなかった。
それにもっと言えば、さっきすでに会っている。
「お前、さっきのヤツじゃねーか!!
さっきはよくも・・・!」
「君、このクラスの生徒だったんだ。
不良なのに授業にはちゃんと出るんだね」
「出ちゃ悪いか?!」
「いいえ、しっかりしているんだなって。
いいことだと思いますよ」
私がそう言うと、彼女は不服そうにぷいっと顔をそらしてしまった。
気に入らないことがあるのなら、はっきり言ってほしい。
参考にして直していこうかと思ったのに。
周囲が明らかに彼女を恐れて、何も言わないのが分かる。
彼女の名前は・・・橋本さんっていうのか。
私はまともに授業なんか出ていなかったけれど、彼女は授業に出ている。
だから素直に真面目だなと思う。
私なんて不登校になって、何もかもがどうでもよくなっちゃったもんな・・・。
「あたしは、あんたの事なんか認めないからな!
ったく、偉そうに教壇なんかに立ちやがって」
「認めてくれなくても構いません。
私はあなたに認めてもらうために、やっているわけではないので」
「・・・ホント、ムカつく女だな!」
周囲がざわざわしてしまっている。
それに何だか驚いている様にも見えるが何だろう?
もしかして、普通に話せていることに対して、びっくりしているのかな?
誰だって腫れ物に触れたくないと思うし。
私は、お構いなく今まであったことを少しずつ話していった。
ハルに言われたことを思い出しながら話していくと、次第に緊張感がなくなっていった。
私は私らしく、変に着飾ったりしないで普通に話せばいいんだ。
そう思うと、少しずつ落ち着いてきて、うまく話せるようになってきた。
「さき先生、黒板の文字間違ってます!!」
「うっ!」
せっかく好調だと思っていたのに、誤字を書いてしまうなんて・・・。
緊張が解けたと思いきや、油断してしまったのかもしれない。
・・・まだまだ気を付けることが多そうだ。