それからあっという間に月日が流れてしまった。
気が付けば、いつの間にか春を迎えていて暖かな風が吹きわたっている。
こんな気持ち良い風ならずっと拭いてくれていてもいいのにな。
実は、私、神楽さきは見事管理栄養士の資格を取得したのだ。
正直、勉強する時間があまりとれなかったから、合格ラインぎりぎりだったんだけど、合格は合格だもんね!
覚えることはまだまだたくさんあるけれど、全く苦じゃない。
何かを覚えるのって楽しいし、誰かに実はこうなんだよって教えてあげるのもいいよね。
自分の為だけではなくて、誰かの為にもなるようなことがしたい。
誰かのために何かをしたいと思って、このお店を開店させたんだ。
「さき、折り入ってお話したいことがあります。
今、少しいいですか?」
「なになに、改まってどうしたの?」
「実は・・・私本村さんとお付き合いさせていただいているんです」
「えぇっ?!あの野蛮な本村とお嬢様のハルがッ?!
いつ、ねぇいつから付き合ってたの?」
思わず声を荒げてしまった。
だって、二人が付き合っていることを私は全く把握していなかったから。
本村は私と同じ元不良で口が悪いし、多少強引でお調子者な面がある。
ハルは逆にお嬢様育ちで、まだ経験したことないこともある箱入り娘。
どうして正反対の二人が付き合っているのか、私にはわからない。
でも、もしかしたら正反対なところをお互い好きになったのかもしれない。
今まで隠されていたのは少し寂しかったけど、こうして打ち明けてもらって安心した。
ハルがとても困ったような表情をして、ごめんなさいと言う。
もしかしたら、ずっと言おうと思って言い出せなかったのかもしれない。
「おめでとう!
あいつちょっと口悪くて調子者だけど、いい奴だからさ。
ちゃんとハルのこと大切にしてくれるよ」
「ありがとうございます。
さき、本村さんの事、好きだったらどうしようって考えてしまって・・・」
「いや、ないない!
確かにあいつはいい奴だけどさ、私はないって!」
本村はいい奴だと思うけど、そんな風に考えたことは一度もなかった。
ハルと付き合っていると聞いて、そうだった!あいつも男だった!って思い出したくらい。
失礼な話かもしれないけど、本当に忘れていた。
そっか、そっか・・・二人が付き合っていたんだ。
二人が幸せになってくれれば、私も何も文句なんかない。
私が考えていると、ハルが心配そうな表情をしながら私を見てきた。
もしかして、私が怒っているとでも思っているのかな?
私はハルに笑って見せた。
「そんな表情しなくたって大丈夫だよ。
私怒ってるわけじゃないし、ちょっとびっくりしただけ!」
「伝えるのが遅くなってごめんなさい」
「確かにちょっと寂しかったけど、こうしてちゃんと言ってくれたからいいよ!
それよりも、肝心な本村はどこへ行っているの?」
「本村さんなら、栗を買いに行かれていますよ」
栗を買いに行ってるって?
どうしてまた栗なんて買いに行ったんだろう・・・私頼んだ覚えが無いんだけど・・・。
秋の味覚として買いに行ったのであれば分かるけど、今はもう春を迎えてしまっている。
栗の旬は秋と決まっているから、春にはなかなか手に入らないんじゃないかな?
手に入ったとしても季節外れのものだから、高額になっていると言う可能性もある。
一体どうして買いに行ったんだろう。
すると、本村が買い物から帰ってきた。
その手には大きく膨らんでいる白いスーパーの袋が握られていた。
まさか、全部栗何て言うんじゃないでしょうね?
「神楽ー、栗が安売りしてたからたくさん買ってきた!
これで期間限定メニューでも作ろうぜ!」
「ちょっと待って、私何も聞いてないんだけど?
それに季節外れの食材なのに、安く手に入ったってどういうこと?」
「んー、実は俺ん家果物を栽培してる農場なんだよ。
だから、時期ハズレでも安く手に入るってわけ!
あえて季節外れの栗を使った限定メニューも、たまにはいいだろ?」
確かに季節をあえて外して楽しむと言うのもアリだと思うけれど、限定メニューって何を作ったらいいのか全く決めていないから、分からない。
栗と言えば、栗ごはんとかモンブランしか思いつかない。
私も栗が好きだから、色々家で作ったりしているけど、お店に出すとなれば他にも大切なことが必要になってくるんじゃないかな?
とにかく、私は袋の中身を確認していく。
中には、薄力粉や上新粉、生クリームにあずきなどが入っていた。
これは貰ったものではなくて、明らかに自分で買って来たものだよね?
この材料では、スイーツを作る事しか出来ない。
料理にすると言っても栗ごはん以外に何かを思いつくなんて出来なくて。
小豆もあるからお赤飯と言うかそれもいいかもしれない。
普段、給食メニューを展開しているから、たまには違った趣向もいいかもしれない。
「それよりも聞いたよ!
いつのまにお嬢様のハルに手を出したの!
全く、私の可愛いハルが・・・」
「変な言い方すんな!
仕方ないだろ、好きなんだから!」
「ふーん?
ハルの事泣かしたら・・・あんたをブッ飛ばすからね?」
「泣かすわけないだろ、お前じゃあるまいし!」
「どういう意味よ!」
言われてみれば、ケンカをして多くの男子を目の前で泣かせてきたことがある。
でもそれは、馬鹿にしたり嫌いだから泣かせたと言うわけではない。
大切なものを守るために行なったことで、泣かそうと思ってしたことじゃない。
私の事はどうでもいい。
ただ、ハルは私にとって大親友で親以外、私を認めてくれた大切な人だから、泣かすような真似なんか絶対にしてほしくない。
大切な人だからこそ、いつも笑顔でいてほしい。
だから、もし本村がハルを泣かした時は遠慮なくブッ飛ばすつもりでいる。
「神楽、お前さホントハルの事大事にしてるよな。
お前すげーいい奴なのに、悪い面ばっかり出てるからモテないんだぜ?」
「うっさい!
別にモテなくたっていいし!」
そう、別にモテたいなんて思ってないんだ。
私の良さを分かってくれる人がきっと、どこかにいると思っているから。
それに今は恋愛じゃなくて、お店の経営の方が楽しくて仕方がない。
恋愛は気が向いたらという事で、構わない。
それに、本村にいい奴なんて言われたくない。
腹が立つとかそう言う事ではないんだけど、なんか照れくさいから嫌だ。
「よーし、早速栗を使った限定メニューを考えるぞ~!」
「お-っ!」
私が意気込むと、本村が元気よくおーっと言った。
まずは栗ごはんの案があがり、それからモンブランや栗大福があげられた。
私も本村も調理師免許を持っているから、大体の料理なら問題なく作ることが出来る。
私は趣味でスイーツを作ったりしているから、モンブランならお手の物だ。
栗ごはんもいいけど、やっぱり作るならスイーツの方がいいと思う。
仕事疲れには甘いものが効果的だから。
スイーツを作ることになり、私は早速一つだけ作り始めた。
普通のモンブランではなくて、タルトの上に乗せるような感じがいいかもしれない。
見た目も可愛らしいし、小さめの方が食べやすくていいと思う。
ご飯を食べた後は、結構お腹いっぱいになってあまり食べられないと思うから、小さめにしておくのがいいかもしれない。
小さかったら食べられると思うし、女性にとっては嬉しいと思う。
実は、このお店を開店させる際、オーブンレンジなど最新機器を取り入れるようにお願いしたから、ほとんど何でもそろっている。
「ちょっと二人とも、出来上がるまで向こうで待っててもらっていい?
もう少し時間かかるからさ、休んでいていいよ」
そう言って、ハル達を少し離れた場所へ。
実は今、いいアイデアが思い浮かんだ。
モンブランタルトってケーキ屋さんにありそうなものだけど、シュークリームの生クリームの部分をモンブランペーストに変えてみるだけでも、だいぶ変わるんじゃないかと思った。
ちゃんと栗の味を楽しみつつも、可愛らしく見せるのも大事。
私は急いでシュー生地を作り、他に使う材料をそろえて準備しておく。
ふと二人を見ると、椅子に座りながら一緒に携帯電話を眺めていた。
どうやら画像をスライドショーにしている様子。
まさか、私の変な写真とか入ってたりしないでしょうね?
二人して楽しそうに笑っている。
そんな二人の姿を見ていると、私の方まで何だか心があったかくなった。
ああいう関係っていいよね。
そんな二人に見入っていると、少しだけ焦げたようなにおいがしてきた。
ヤバいッ、オーブンレンジ!!
急いでふたを開けて確認すると、いい感じに香ばしくなっていた。
「二人とも、出来たよ~!!」
私は色々準備をして、二つのスイーツを完成させた。
一つはモンブランタルト、もう一つはシューモンブランだ。
シューモンブランは思い付きで作ったものだから、味の保障が無い。
だけど、外見はしっかりスイーツだから、問題ない、・・・と思う。
二人がやってきて、目を輝かせている。
いただきます!と言って二人が食べ始めた。
私は使った道具を片付け始めた。
早く片さないと、開店時間になってしまうから。
「さき、このシュークリームとても美味しいです!
これなら、ぜひメニュー化出来ますよ」
「こっちのタルトだってうまいぞ!
なぁ、この二つ試しに今日客に出してみないか?」
「それはいいアイデアです!
実際に提供してみましょうか?」
「え、そうなの?
それなら何個か作り置きしておくね。
これ、冷たい方がおいしいだろうし!」
今試しに作ったスイーツがいきなりメニューとして出されるなんて。
こんなトントン拍子でいいのかな?
後はお客さんの反応を見るだけなんだけど、正直甘さ控えめにしてあるから人によってはそんなに甘さを感じないかもしれない。
私は今日予約しているお客さんの分より、少し多めに作り置きすることにした。
予約していないお客さんが来ても大丈夫なように。
その後、お客さん達がやってきて私の作ったスイーツを出してみたところ、驚くほど好評で驚いてしまった。
今日思いついたばかりのレシピだったのに、美味しいと言って食べてくれている。
「甘さ控えめだから、男でも食べられちゃうな!
すごく食べやすくてうまいよ!」
「ありがとうございます!
甘さを控えることによって、男女両方食べていただけるかなと考えてみたんです」
「さっすが店長!!」
お客さん達が笑いながら言う。
甘さを控えめにして良かった・・・男性でも食べやすいって嬉しいもんね。
お客さん達も喜んでくれたから、正式なメニューとして追加しようとも考えたけれど、正直コストがかかりすぎてしまう為、それは難しい話だった。
だから、限定メニューとして取り扱う事になった。
大々的に知らせるのではなくて、毎回よく来てくれる常連さん限定メニューになった。
いつもご贔屓にしてもらっているお礼に。
こんなことで感謝の気持ちは伝えられないけれど、何か形で表したかった。
そして、ハルと本村が付き合い始めたことを、本人たちがお客さんの前でカミングアウトしてさらに場が盛り上がった。
“おめでとう!”と言う声もあれば“本村のくせに生意気だぞ~!”とふざけている声も聞こえてきた。
なんだかんだ言って、みんなが二人の事を喜びお祝いしてくれている。
本当に良かったね、いい人達からもお祝いしてもらえて。
すると、私の恋愛の話が出てきたから、私はさりげなくキッチンへと戻った。
話題は二人に戻り、みんなでお酒を飲んでいる。
ハルと本村が私の方を見てきたから、頷いて注いでもらったビールをいただくよう促した。