あれから色々なことがあったけれど、今日も落ち着いている暇はなさそうだ。
今日は授業参観と言うか、保護者の方が見学しに来る日なのだ。
普段通りに授業をすればいい事なんだけど、緊張してしまう。
私は特に勉強を教える事は無いんだけど、私の話を聞いて保護者達がどう思うのか怖い部分はある。
保護者の中には、モンスターもいるだろうし。
私がこの通信制高校側の人間である以上、下手なことを言い返すわけにはいかない。
そうは言っても、私は正式な教員ではないから、言い返してもさほど大きなことにはならないと思う。
それにしても、やっぱり緊張してしまう。
「よっ、神楽センセ!
何だよ、がちがちじゃないか!」
「あ・・・橋本さん!
やばいよ・・・親がいるよ、いるよ」
「おいおい、あの時の勇ましさはどうした?
親なんか、どうってことないだろ」
「親なんか、とうもころし・・・とうこもろし」
「おい、ゲシュタルト崩壊してないか?!」
緊張とちょっとした恐怖感で、頭がおかしくなりそうになる。
いや、もうすでにおかしい。
何とかしてこの緊張をどうにかしなければ。
初めてお店を開店させたときよりも、緊張してしまっている。
人生で一番緊張しているかもしれない。
保護者達が教室へとやってきている。
私が正式な教員ではないという事は、理事長の口から聞いているはず。
―キーンコーン…
チャイムが鳴り、号令係が号令をかけて挨拶をする。
どうやって進めて行くのがいいのかな・・・。
考えていても仕方がない!
「今回は、自分らしくをテーマに話します。
皆さんは、自分らしく過ごすことが出来ていますか?」
「俺は、自分らしく過ごしてますよ!
好きなことをしてまーす」
自分らしく過ごすことは、簡単なようで難しい事なんだ。
ありのままで過ごせている人もいれば、自分自身をごまかしながら過ごしている人もいる。
私もかつては、自分をごまかしながら過ごしていた。
嘘をついてはその嘘を本当にするため、さらに嘘を重ね続けた。
しかし、それは長続きしなかった。
緊張しているせいで、言葉がうまく出て来ないし、変なことを言えば何か言われると思って、口から言葉が出て来ない。
皆、トウモロコシ・・・トウモロコシ!
相手を人間だと思っているから、無駄に緊張してしまうんだ。
だったら人間だと思わなければいいだけで。
「私もかつては、母親からいつも兄と比較されていました。
どんなに私がいいことをしたって、それは当然で兄より劣っていると言われ続けてきました。
人にはそれぞれ個性があり、だからこそいいはずなのに私の母親はそれを許さなかったんです。
いつだって兄と比較をされて、私はいつの間にか自分らしさを失ってしまっていました」
いつも兄と比較されては劣っていると言われ続けた。
私だって私なりに頑張っていたはずなのに。
その頑張りを全く認めてはいくれなかった・・・。
何をしても褒めてもらえないのなら、いいことをしても無駄なんじゃないかって思ったんだ。
どうせよく思われないなら、過ちを犯しても平気だと思った。
時には比較してもいいと思う。
だけど、それが毎日口うるさく言われ続けたら嫌になってしまう。
「私の居場所なんて、どこにもなかったんです。
父親だけは私を理解してくれて、私を通信制高校に通わせてくれました。
だから、私は今もこうしてきちんと生きています」
「それで不良グループに入ったんだよな?
入ってみてどうだった?」
橋本さんが私に質問をして来た。
私には居場所が無くて、通信制高校へ逃げ込んだ。
そこには有意義な出会いや、新しい物事が待っていた。
今の私があるのは、周囲のみんなのおかげかもしれない。
通信制高校へ通う事で、私は多くの事を学ぶことが出来たし、発見もあった。
普通の高校に通っていたら、学べなかったこともある。
通信制には通信制だからこその魅力があると思っている。
普段の生活の中では学べないこともたくさんある。
「不良グループに入ってみて、最初は生き生きしていました。
やっと私にも仲間が出来たんだって。
最初の頃は本当に楽しくて、過ちを犯しても何ともなかった」
「それで、それで?」
「だけど、一人の女の子と出会ったことで、私の人生は変わったんです。
過ちを犯したくないと思って、不良グループから逃げ出した。
私はその子がいたから、自分らしく振る舞えるようになったんですよ」
最初はどう接していいのか分からなかったが、次第に接し方を見つけられるようになった。
変に着飾るのではなくて、自分らしく過ごせばいいんだって。
だから、ハルも自分らしく過ごしてくれている。
お互いを信じることで、さらにさらけ出していくことが出来るかもしれない。
私がそう話すと、みんなが食いつくかのように話を聞いてくれている。
こんなふうに話を聞いてもらえることは少ないから、何だか嬉しい。
私は包み隠さず話すことにして、夢中で過去の話を語っていく。
さすがに万引きをしたとかそう言ったことを話すのは良くないと思い、その事実だけは伏せるようにした。
学校側に迷惑をかけるわけにはいかないからね。
「さき先生にとって、通信制高校が人生を変えたんですね!」
「うん、通信制高校に通ってから、私の人生は少しずつ変わってきたんです。
新しい友達が増えて、一緒に遊んだり部活動をしたりして急速に親しくなった。
勉強もちゃんと理解できたし、すごく楽しい学校生活でした」
私の思い出話のようになってしまったけど、みんな退屈したりしていないかな?
ちらりと保護者達を見ると、優しい表情をしている人が多かった。
良かった・・・何話してんの?とか思われていたら悲しいからね。
その後、質問コーナーの時間を設けた。
生徒だけではなくて、保護者達からの質問も許可して、質問を募った。
すると、保護者からある質問が飛び出した。
「なぜ、講師としての仕事を引き受けたんです?」
「それは、私に出来ることをしたいと思ったからです。
私はきちんとした教員ではありませんから、私をよく思っていない方もいると思います。
それでも、私にしか出来ないことをしてあげられたらと思い、お引き受け致しました。
自分でもまだまだ未熟で頼りないことは重々承知しております。
ですが、少しずつ色々なことを習得して行こうと頑張っています」
私がそう言うと、保護者達が納得してくれた。
うまく伝えることは出来ないけれど、言いたいことは伝わったんじゃないかな。
私が何を言いたいのかわかってもらえるだけでいい。
確かに私はまだまだ未熟で足りない部分が多いと思う。
それでも、少しずつ習得して少しでも立派な講師としてみんなの前に立ちたい。
今はまだ入ったばかりだから、至らぬ点だらけで申し訳ないと思っている。
今後もどうか暖かく見守ってもらえればいいなと思う。
私も期待に応えられるよう、頑張って精進していかなければ・・!
「神楽先生、頑張ってー!」
「俺も応援するぞ~!」
生徒たちが私の事を励ましてくれる。
こんな風に応援されるのって久々の事だから、変な感じがしてしまう。
だけど、せっかく応援してくれているから。その期待に少しでも応えられるようにしていきたいな。
「お疲れ様、神楽先生」
「あ、お疲れ様です」
教室の外で、私は坂牧先生と会った。
どうやら、坂牧先生も授業参観をしていたようで、少し疲れているような様子だった。
やっぱりベテランの先生でも精神的に疲れてしまっているから、初心者の私が緊張して疲れてしまうのも無理が無い。
私がぐったりしている姿を見て、坂牧先生が笑っている。
保護者達にどう思われたのか分からないけれど、悪くないといいな・・・。
教員室へ行く途中、自動販売機へ寄った。
何だか喉が渇いてしまった。
すると、坂牧先生が先にお金を入れてコーヒーのボタンを押した。
ガタンと音を立てながら缶コーヒーが落ちてくる。
それを私に手渡してくれた。
「ありがとうございます、いただきます!」
「それにしても、あなた頑張っているわね。
先日、橋本さんを不良グループから抜けさせたんでしょう?
それに、真城さんもあれからご家族で話し合って穏やかになったみたい」
「いえ、彼女達が自分の意思を持って行動しているだけです。
私はただその手助けをしただけと言いますか・・・大したことはしていません」
「謙遜しなくてもいいのよ?
私はあなたの一生懸命で、真っ直ぐに向き合う姿素晴らしいと思うもの」
坂牧先生が微笑みながらそう言ってくれた。
こんな優しい表情をして笑う事もあるんだ・・・。
今まで少しとっつきにくい人だと思っていたから、何だか意外だった。
ベテランの坂牧先生に褒められると、やっぱり嬉しいな。
これからもっと頑張りたいって思えてくる。
橋本さんも真城さんも少しずつ変わってきているみたいだし、本当に良かった。
あの二人も、私のように少しずつ変わっていくのかな?
困ったことがあれば、いつでも力になれるよう、私も自分を成長させなければ!
学校で成長するのは生徒だけではなくて、教師も一緒だと思う。
私も一人の講師として、立派になれるよう努力していこう!