やっとケジメをつけて、私はようやく普通になってきた感じがする。
何だか清々しい感じがして、以前よりずっと精神的にすっきりしている。
そして、いよいよ今日からバイトを始めるから、ちょっと緊張するな。
いや、かなり緊張している状態。
鏡を見て身だしなみを確認していると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
誰だろ・・・そう思ってドアの方を見ると、お父さんが立っていた。
そっか、今日は土曜日だからお休みなんだっけ。
「さき、今日からバイトだったろう。
まぁ、その・・・頑張れよ」
「ありがとう、私、頑張るね」
私がそういうと、お父さんが笑って去っていく。
頑張ろうと思えば思うほど空回りするとハルに言われたから、気を付けよう。
適度に頑張る気持ちを大切にしなくちゃ。
準備をして、私は早速お好み焼き屋へとチャリで向かっていく。
家から近いって楽でいいな。
雨が降っても歩いて行ける距離だから、本当に便利。
チャリを漕いでいると、制服を着た高校生たちを見かけた。
楽しそうに笑いながらチャリを手で押しながら歩いている。
「高校か・・・本当だったら、私も通わなきゃいけないんだよね・・」
高校ってそんなに楽しいのかな・・・。
でもいきなり毎日通うのはちょっと抵抗があるから、無理だろうなー・・・。
そんなことを思いながら向かっていると、バイト先に着いて私はチャリを脇に停めた。
ハルから事前に色々聞いているから、きっと大丈夫。
私は深呼吸をしてから、ドアを開けた。
朝じゃなくても仕事場での挨拶は“おはようございます”だと言っていた。
「お、おはようございます!」
「おう、おはようさん!
今日からだけど、期待してるよ!」
上原さんが笑いながら言って、私の背中を叩いた。
こんなふうに期待されるのって初めてだ。
期待に応えていきたいけれど、空回りしないように注意もしなくっちゃ。
他のバイトの先輩に少しずつ教わりながら、注文を取りに行く。
ここでのやり方は、紙に書いてキッチンで作って材料を出すみたいだ。
このお店に来るのは常連さんが多くて、一見さんは来ないのだとか。
だからなのかな、私が注文ミスしても怒鳴られたりしなかったのは。
「申し訳ございません・・・!
以後、気を付けます!」
「いいよいいよ、今日から入ったんだろう?
ちょっと失敗したくらいじゃ、怒らないって」
「失敗から学んでいけばいいさ」
お客さんから励まされてしまった。
気を使わせてしまったのかと思うと、すごく申し訳なく思う。
ちゃんと間違えないようにしていかないと・・・。
常連さん達が優しい人で、本当に良かったなって心底思う。
私は苦笑しながらも、仕事を学ぼうと一生懸命に教わりながら勉強していく。
出来るだけメモして、それを家に帰ってから復習しようかと思った。
常連さんたちが楽しそうにお酒を飲みながら、お好み焼きを食べている。
私も、昔は家族団らんであんなふうに鉄板を囲んでいたのにな・・・。
そう思うと何だか寂しくなった。
「さきちゃん、ほらお好み焼き食べないか?」
「そうそう、歓迎会しなきゃな!」
常連さんがそう言って、お好み焼きを新しく焼き始める。
私の歓迎会・・・そんなことまでしてもらっていいのかな・・?
こんなふうにしてもらうのって、初めてだからどうしていいのか分からない。
そう言えば、こんなふうに他の人と話すのも久々かもしれない。
私が戸惑っていると、上原さんが私の肩をぽんと叩く。
「せっかくだから、好意に甘えなさい。
君は頑張り屋だから、罰なんか当たらないさ」
「そう、ですか・・・?
皆さん、本当にありがとうございます!」
「たくさん食べていいぞ~。
支払いは上原店長にツケとくからさ!」
「今回は仕方ないか~」
上原さんや常連さん達が笑いながら話しているのを見て、何だか心が温かくなった。
私が望んでいるものは、こんなふうに温かいものなんだと思う。
今は完全に家庭が冷め切ってしまっているから、なおさらそう思うのかもしれない。
楽しい時間を過ごすと、帰る時が寂しくなったりしてしまう。
初めてのバイト初日がもう終わろうとしていた。
何だかあっという間だったような気がする。
後片付けをして、私は帰り支度を始めていく。
「お先に失礼します!
お疲れ様です」
「お疲れさん!
また明日もよろしく!」
挨拶をしっかりして、私はチャリを手にした。
そのまま漕いで自宅へと向かっていく途中、私はチャリを停めた。
わあぁぁぁ・・・!
夜空を見上げると、星が散りばめられていてとても綺麗だった。
まるでプラネタリウムにいるみたいに、すごくキレイで美しかった。
あまりにも綺麗すぎて、そのまま見入ってしまう。
今まで嫌なものばかり見てきたし、してきたけど・・・こんなに綺麗なものがあったんだ。
「さきちゃん、忘れ物だよ」
急に声がして振り向くと、上原さんが立っていた。
その手には私のメモ帳が握られていた。
あっ・・・私バッグに入れたつもりだったのに、置いてきちゃったんだ!
危ない、もう少しで復習が出来ないところだった。
ありがとうございますと言って、私はメモ帳を受け取った。
上原さんは、私を見て優しく微笑んだ。
「さきちゃんは、頑張り屋だな。
悪いと思ったけど、中身を見せてもらった」
「えっ、私の字汚いから読めなかったんじゃ・・・」
「いや、きれいにちゃんとメモしてあったよ。
どうしてさきちゃんは、不良だったんだろう?」
「それ、は・・・」
こんなこと話していいのかわからない。
でも、バイト先の店長だから話しておいた方がいいのかもしれないと思ったんだ。
面接の時に、早く自立したいと言ったことを上原さんも疑問に思っていたようだ。
私は今まであったこと全て、上原さんに話すことにした。
上原さんは最後まで黙って私の話を聞いてくれて、何だか私もスッキリした。
「さきちゃんは、こんなにも頑張っているのにな。
一生懸命で真面目なのに、比較する方がおかしい」
「でも、もういいんです。
母親や兄とは一生分かり合えないままでも、全然へーきです」
私は笑顔を向けて言った。
そう、もうどうでもいいと思う事にしたから、もういいんだ。
すると、上原さんが私の頭を撫でた。
・・・・っ?
その手つきは優しくて、大きくて安堵感があった。
「どうして人は、比較してしまうんだろうな。
他人と違う事は当たり前で、それは個人の個性だというのに。
なぜ人間は、他人と比べたがるんだろうか」
そう、それは私も思った。
どうして人間は他人と比較をしたがるんだろうって。
改めて上原さんに言われて、何だか次第に泣けてきてしまった。
他人と違う事が、そんなにいけない事だろうか?
他人と同じことが、そんなにいいことなのだろうか?
・・・私は、違うと思う。
「さきちゃんはさ、今までの事を後悔して今、立ち直ろうとしているところだ。
少しずつでもいい、自分らしく適度に頑張っていけばいい。
ただ、君は頑張り屋だから少し息抜きも必要だな」
「・・・はい」
「君が頑張っていることは俺も友達も知っている。
だから、自信を持っていいと思う」
私が頑張っていることを、分かってくれている人がいる。
それだけでも、どうしようもないくらい嬉しいんだ。
頑張ったねって認めてもらえるのが一番だけど、頑張ってる事知ってるよって言われるのも同じくらいに嬉しいんだ。
私は泣き笑いながら、上原さんを見て強くうなずいた。
別にみんなに認めてもらえなくてもいい。
100人に理解してもらえなくても、その中のたった一人に理解してもらえることの方が嬉しい。
「私、まだまだ未熟ですけど・・・頑張りたいです!」
私は意気込んで言うと、上原さんがにかっと笑った。
少しずつ自分のペースでいいんだ。
焦らないで、私は私が進むべき道を探していけばいい。