あの後、私は上原さんに事情を説明することにした。
バレー部に入ることになってしまったことを話したら、快く理解してくれた。
これも私が変わるきっかけになるだろうって。
そして、今は通信制高校の課題を進めているところ。
だめだ・・・まったくわかんないや・・・。
私はテーブルの上でだらーんと倒れ伏せた。
何・・・この意味不明な公式は・・・いくら考えてもわかんない。
「あっ、さき何さぼっているんですか!
ちゃんと進めて下さいって言ったじゃないですか!」
「だって、わかんないんだもん」
私がむくれながら言うと、ハルが私の目の前に座って問題を確認し始めた。
なるほど、と言いながら別紙に公式を綴っていく。
やっぱり勉強が出来る人は違うよなー・・・。
問題が解けたのか、ハルが私に教えてくれた。
私がちゃんと理解できるように、分かりやすく何度も説明をしてくれる。
分かりやすいから、私もそのまま応用問題を解くことが出来た。
「ハル、解けたよ!」
「さきはやればできる子なんですよ。
丁寧に教えてあげれば、必ず出来ます」
「“子”って言わないで!」
「いいじゃないですか」
ハルが無邪気に笑いながら言うから、私もつられて笑った。
でも、勉強ってわかると面白いかもしれない。
今までは全く面白味を感じなかったけど、出来るとなかなか楽しい。
その調子で次々と課題を進めていく。
気がつけば、課題もかなり進んでいて調子が良かった。
少し休憩しようかなと思った時、ハルが飲み物とケーキを出してくれた。
そう、実はハルのお家で課題を進めている。
私の家は今結構汚いし、カフェでするのも落ち着かないからハルのお家へ来た。
「さき、通信制高校はどう?」
「うん、新しい友達が出来たしバレー部に入ったんだ。
ルールとかよくわかんないけど、これから覚えておけばいいんだって」
「そうですか、楽しそうでいいですね!
その部活って試合したりするんですか?」
「うん、たまにするみたいなんだ。
今ね、結構練習しているところなんだよ」
そう、あれから毎日少しずつ練習を積み重ねている。
ルールについてほんの少しだけ覚えたところで、あとはただひたすらにレシーブの練習。
まずは、確実にボールを取れるようにすることが大事だと言われたから。
マコトさん、練習が始まると別人みたいにシュッとしている。
皆をまとめているリーダーだから、常に的確な指示を与えている。
だから私もその期待に応えたいと思っている。
「今の生活は、前と比べてどうですか?」
「今の方が何だかすごく楽しい。
ちゃんと学校に通ってバイトもして、ハルっていう友達も出来て。
毎日が充実していて、なんていうんだろう・・・生きてるって感じがする」
「少しずつ、さきの人生が変わってきているんですよ。
それに、初めて会った時よりも今の方がずっといい表情していますよ」
ハルが柔らかい微笑みを浮かべながら言う。
前と比べたら、今の方がずっと楽しくて充実している。
毎日時間が早すぎるくらい。
毎日通信制高校の課題を進めて勉強をして、バイトをしてお金を稼いで。
ハルやマコトさんという友達が出来て、私の世界は本当に変わった。
今までこんな人生どうでもいいとか思っていたけど、
そんなのすごく勿体ない事なんだと気付いた。
お金を稼ぐことが大変なんだっていう事に気が付いたから、全日制高校を辞めたんだ。
あのままではお金を無駄にしてしまうから、そう思って。
「ねぇ、ハルは今の生活楽しい?」
「今までは退屈だったけど、さきと知り合ってからは楽しいですよ。
私に無いものをさきが持っていて、さきにないものを私が持っている。
それって何だか面白いと思いませんか?」
言われてみれば、人にはそれぞれ個性というものがある。
だから色々な人がいて面白い。
もし、私があのまま不良として生き続けていたら、ハルと出会う事なんてなかった。
そのまま高校に通っていたら、ハルを傷つけていた可能性だって考えられる。
そう考えると、今の自分があることはハルのおかげなのかもしれない。
本当に感謝しないといけないな。
「ハル、あの日私に声をかけてくれて、ありがとね」
「急にどうしたんですか?」
「ううん、言いたかっただけ」
私が笑いながら言うと、ハルは照れくさそうにして笑った。
ケーキを食べていると、急にドアがノックされてスーツの男性が入ってきた。
え・・・お父さん?
いや、お父さんにしては年齢が高すぎるような気がする。
しっかりしていそうな男性だけど、何者なんだろう。
おじいちゃんとか?
「ハルお嬢様、そろそろ英会話のお時間でございます」
え、今ハルお嬢様って言った・・・?
もしかして、ハルってお金持ちのお嬢様なのかな?
すると、慌ててハルが部屋から男性を連れて出て行ってしまった。
凄まじいスピードで出て行ってしまった。
何だったんだ・・・今のは。
まさか、あの男性って・・・執事と呼ばれている人、とか?
「ごめんなさい、何でもないんです」
「もしかして、ハルはお嬢様だったの?
だからハンバーガーとかお好み焼きとか食べたことなかったんじゃないの?」
私がそう言うと、ハルは黙り込んでしまった。
別に責めるつもりなんてない。
だって隠すにはそれなりの理由があると思うから、怒ろうとも思っていない。
ただ、真実が知りたいだけで問い詰めるつもりもない。
すると、ハルが俯きながら口を開く。
「だって・・・私がお嬢様だって知ったら、さき仲良くしてくれないじゃないですか。
きっと遠慮ばかりして、私との距離も遠ざけるんじゃないかなって思ったんです・・・」
そうか、私が気を使ってしまうと思ってしまったんだ。
確かに気を使っていたかもしれない、でも、よそよそしい態度を取ったりなんかしない。
だって友達だから、そんなことしたくないし、お金持ちだからってたかったりもしない。
ハルなりに色々考えていたのだと思うと、何だか申し訳なく感じる。
ずっと悩ませてしまったのかな・・・。
「そんなわけないじゃん!
よそよそしくしないしたかったりもしない。
私はハルと仲良くできれば、それだけでいいんだよ。
友達に立場なんて関係ないじゃん、でしょ?」
「そう、ですね!」
二人して笑いながら、納得し合う。
友達なんだから、変に気を使ったりしたくないし利用したいとも思わない。
ただ、仲良くお互いを励まし合ったり高め合いながら付き合っていきたい。
それ以上でもそれ以下でもないんだ。
せっかく出会ったのだから、立場なんて気にせず今後も仲良くして大切にしていきたい。
「今日はもう帰るけど、また勉強教えて下さいね、ハルせんせ!」
「わかりました」
次の勉強会の約束をして、この日は帰ることにした。
それにしても、びっくりした。
何て言うか・・・日本にも執事なんて居たんだ・・・。
帰ったら、少し勉強の復習でもしようかな?
せっかく、ハルが教えてくれたんだもん、忘れないうちにしっかりやらなきゃね!
家に帰ると、お父さんが疲れてしまったのか、テーブルに伏せて眠っていた。
このままだと風邪ひいちゃうよね・・・。
私は毛布を取り出してきて、お父さんの背中に被せた。
「ごめんね、でも私もう心配かけたりしないからさ・・・。
元気でいてよね・・・お父さん」
起こさぬよう小さくつぶやいて、私は自分の部屋へと向かっていく。
今まで本当にどうしようもないくらいに迷惑をかけて苦労させてしまった。
だから、今度は私がしっかりしなきゃいけないんだ。
通信制高校とバイトを両立できるように、もっと頑張ろう・・・!
お父さんが私を他所に紹介しても恥ずかしい思いをしないように、これからは真面目に生きていくようにするんだ。
「私は、やればできる子・・・」
ハルがそう言ってくれた言葉を思い出す。
そう、やればできるんだ・・・努力すれば大丈夫。
私は大きく息を吸ってゆっくり吐き、勉強の復習を始めた。