あれから、私はバイトを休むことなく頑張り続けている。
まだ失敗してしまう事もあるけれど、少しずつ慣れてきたところ。
一人前になる日も近いかもしれないなって、上原さんは言っていたけどまだ早いような気がする。
入ってまだそんなに時間が経っていないから、まだまだ未熟。
常連さん達にも優しくしてもらって、私は少しずつ思いやりというものを覚えた。
相手の立場になって考えられるようになってきたんだ。
我ながらすごく成長したんじゃないかなって思うんだけど、それってうぬぼれかな?
「いらっしゃいませ!」
今日も元気に明るく仕事をする。
少しずつ見えてこなかったものが見えてきて、何だか不思議な感じがする。
最近は私がお好み焼きを作ることも増えてきた。
それは、私が就業時間後に作ったお好み焼きがきっかけだったんだ。
私が普段食べていたお好み焼きを作って、上原さんに出したら美味しいと言われたから。
上原さんはそのメニューを新しく追加してくれた。
バイトの私の意見なんて取り入れていいのかな・・・大丈夫かな・・。
「さきちゃんが考えたんだって?
これ、豆板醤が効いていて美味しいよ!」
「店長も顔負けだな~」
常連さんたちが美味しそうに食べてくれる。
こんなふうに誰かが笑っている姿を見れるっていいな。
今までは傷つけることしかできなかった私が、今では笑顔にさせることが出来ている。
傷つけるよりずっとこっちの方がいい。
あったかくて優しい気持ちになれる・・・バイトしているときの方が楽しい。
しばらくみんなで盛り上がっていると、あっという間に時間が過ぎて常連さん達がぞろぞろと帰って行った。
ガラッとドアの開く音がして確認すると、そこにはお父さんとハルの姿があった。
後ろには母親や兄の姿もあって、私は身構えた。
「さき、来ちゃいました!
そこでバッタリお父様とお会いしたので、一緒に来てしまいました」
「ハルが連れてきたの?」
「はい、せっかくですから、さきの働く姿をお見せしようかと思いまして。
もしかして、嫌でしたか?」
「ううん、ちょっとびっくりしただけ。
さぁ、座って」
私はハル達を席に案内した。
まさか、ハルが連れてくるなんて思わなくて戸惑ってしまう。
オーダーを確認してキッチンに行き、器に材料を手際よく盛っていく。
何だろう・・・この複雑な感じ。
私の頑張っている姿を見せたとしても、母親も兄も理解なんかしてくれないだろう。
突然肩をポンとたたかれて振り向くと、上原さんが立っていた。
上原さんを見ると、真っ直ぐな眼をして頷いて見せた。
・・・・?
「お待たせいたしました。
こちらが豚玉でこちらが広島焼き、モダン焼きになります」
そう言って、器をテーブルへと並べていく。
家族にこうやって話して品物を出すのは、本当に不思議な感じがする。
皆が作っているのを見ていると、ハルが戸惑っていた。
どうしたんだろ・・・何か気になることでもあるのかな?
私が声をかけると、ハルは作ったことが無いからわからないと言った。
お好み焼きを一度も食べたことが無いらしくて、作り方とかわからないみたい。
私はハルが頼んだ豚玉の具材を混ぜ始めた。
「ごめんなさい、やらせてしまって」
「ううん、私は作り慣れてるからさ。
美味しく作るから、楽しみにしてて」
鉄板へと流し込み、じっくり焼いていく。
ハルは興味津々に焼けていくお好み焼きを眺めている。
それにしても、一度もお好み焼きを食べたことが無いって、普段何を食べているんだろ?
以前、レトルト食品やカップラーメンも食べたことが無いと話していたっけ。
ハンバーガーとかも食べたことが無いって言ってた。
私は両手にヘラを持って、ハルのお好み焼きをひっくり返した。
「さき、すごいですね!」
ハルが嬉しそうに笑いながら言うものだから、何だか私も嬉しくなった。
ホント、我ながらうまくいったと思う。
時間が経ってやっと美味しそうに焼けてきて、私はきれいにヘラで食べやすく切った。
お皿を取って、一切れ乗せてハルの前にそっとお皿を置いた。
ハルはいただきます!と言って、アツアツのお好み焼きを口へと運ぶ。
どうかな・・・焼き加減とか大丈夫かな?
「すごく美味しいです!
さきが作ってくれたからでしょうか?」
「よかった、たくさん食べてね」
ハルは子供みたいに、口いっぱいに頬張って食べている。
本当に美味しそうに食べてくれるから、私も嬉しくなった。
楽しく食べながら過ごしていると、あっという間に時間が過ぎていき、周囲にいたお客さん達も帰って行った。
すると、ずっと黙っていた母親が口を開いた。
「こんなこといつまで続くかしらね。
今までたくさん悪いことしてきたんだから、このくらいして当たり前ね」
「当たり前だけど、もっと頑張らなきゃ帳消しにはならないだろう」
ほらね、やっぱり言うと思ったよ。
何も言わずに黙っているなんて、考えられない。
私が黙っていることをいいことに、まだぶつぶつ言っている。
私の何がそんなにいけない訳?
私が言い返そうとしたその時だった。
「この間から偉そうなことを言っていますが、あなた、そんなに偉いんですか?
親でも言っていい事と悪いことがあることをご存知?」
いきなりハルが言い出すから、驚いた。
何を言うのかと思えば、母親にそんなことを言うなんて。
私はすぐ感情的になって言い返してしまうから、相手に何も伝わらない。
知っている言葉が少ないから、すぐキレてしまうんだ。
母親が何かを言い返そうとしたが、ハルがそれを遮る。
「過ちを犯してしまった子を、あなたは我が子ではないと言うのですか?
我が子ではないと認めませんか?
過ちを犯すことだってある、失敗してしまうことだってあります。
あなた方は一度も過ちを犯さずに、そんな神業的な生き方をしてこられたと?」
「さきちゃんは、こうしてバイトも頑張ってくれています。
一生懸命にメモを取って覚えようとしているんです。
頑張っている人間に対して頑張れって言うのは、非常に失礼なことです」
ハルと上原さんが、母親と兄に向って言い返す。
二人の威圧感がすごすぎて、私も黙り込んでしまった。
この雰囲気に耐え切れなくなったのか、二人は逃げるかのようにお店を出ていく。
それを見たお父さんが満足げに笑っている。
私は適切な言葉を知らないから、なかなかうまく言い返せなかったけど、ハルと上原さんが言ってくれたからスッキリした。
「ハル、上原さん、ありがとうございます・・・」
「何言っているんですか。
ああいうタイプには、はっきり言ってあげなきゃ伝わらないんですよ」
「ああ、あそこまでしなきゃ堪えないだろう」
私の味方なんてお父さん以外にいないとずっと思っていた。
でも、今は違う・・・ハルや上原さんも味方してくれている。
二人は笑いながら、私の方を見た。
どうしてだろ・・・急に涙目になった。
二人の為にも、自分の為にもこれから努力して変わっていきたいな。
ううん、変わっていくんだ。
「あ、10月から通信制高校に通う事になったよ。
私でも卒業すること出来るかな?」
「大丈夫ですよ、私がついていますから」
「心強いよ~」
私が笑いながら言うと、みんなが笑った。
ハルに頼り切るのは良くないから、私も私なりに頑張らなきゃ。
バイトしているから、クラブは入らない方がいいかもしれないな。
早めに今の家を出ていきたいし。
上原さんはお父さんとずっと何かを話している。
何を話しているんだろう?
しばらくして、私はバイトを終えてお父さんと一緒に帰ることにした。
ハルは寄るところがあると言って、お店で別れた。
私はチャリを手で押しながら歩いた。
「なぁ、父さん母さんと離婚しようかと考えているんだが、どう思う?
ずっとあの様子じゃ、お前も嫌だろう」
「まぁ・・・でもお父さんはそれでいいの?」
「ああ、あれじゃ父さんもかなわない。
じゃあ、離婚手続きするからお前は父さんの方に来なさい」
「うん・・・」
お父さん、いつから離婚を考えていたんだろう。
もしかして、本当は私の為なんじゃないのかな・・・。
このまま、話を進めて本当にいいのかな・・・?